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■About■

"オペラの肺を持ちながらも、夢のようにデリケートな、日本のオリジナルロッククイーン。彼女に歌わせておけば君を泣かせてくれる。"

By イアン・ノートン

"自信に満ちあふれ、それと同時に傷つきやすいマナ・ハードコアは、深く焼けつく様なバリトンであり、豊かなストーリーを放つ声である。適合に直面し、反抗的なサウンドで、彼女の音楽の旅はまだ始まったばかりだと私達は感じています。彼女のステージ上での存在感は、体験すべきものでしょう。"

By タイラー・ブラッドリー

"音楽なしのマナ(マナ・ハードコア)は、シャリなしの寿司みたいなものだ"

 By ピーウィー from Gamuso Asagaya

​1980年:東京都内にて、当時「文明堂カフェ銀座店」勤務の父親と和裁士の母親の間に長女として誕生。

1993年:足立区立中学校連合展覧会に家庭科作品が出品され受賞。

1994年:1993年に受賞した家庭科作品が、東京都公立学校美術展覧会の展示作品に選抜され受賞。別の家庭科作品が、足立区立中学校連合展覧会に出品され2年連続受賞。

2005年:MANA HARDCOREとして活動開始。小学生時代のニックネーム「MANA」と友達が名付けたミドルネーム「HARDCORE」を合わせたのが、名前の由来。MANA HARDCOREとして活動するまでは、バンド「Space Station」や「The R.H.Y.S.」にて、ボーカル/作詞作曲を担当していた。

2006年:Neil Mandt(ニール・マント)監督の映画『Last Stop for Paul』にエキストラ出演。同映画は、45以上のフィルムフェスティバルにて多くの賞を受賞した作品である。その後、Kevin Pereira(ケヴィン・ペレイラ)とOlivia Munn(オリヴィア・マン)司会のG4TV『Attack of the Show!』に、MANAMI名義でゲスト出演。同年、MANAMI名義でアルバム『45-Lucky Girl』を発売。

2007年:雑誌『Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)』10月号に、MANAMI名義で登場。10月号の表紙は、The Beatles(ビートルズ)だった。

2008年:The Cooper Temple Clause(ザ・クーパー・テンプル・クロース)の撮影を担当していた写真家Ami Barwell(エイミー・バーウェル)の作品に惹かれ、自ら連絡を取り、イギリス・ロンドンへAmi Barwellとの写真撮影のため渡英。

2010年:MANA名義で、シングル『Remember13』を発売。シングル『Remember13』は、イギリス・ブライトンにてAndrew Mark Hayman(アンドリュー・マーク・ヘイマン)プロデュースのもと、2009年にレコーディングした中の1曲。Andrew Mark Haymanは、UKチャート第2位獲得のAppleton『Fantasy』を手掛けた音楽家。シングル『Remember13』のカバーアートは、Danz Studios Tokyoが担当。

2011年:Japan Music Weekフェスティバルに、MANA名義で出演。音楽活動の傍ら、ボディーペイントモデルとしても活動。その後、活動名をMANAからMANA HARDCORE(2005~)に名義を戻し、活動の幅を広げていく。

2013年:写真家Benjamin Beechey(ベンジャミン・ビーチー)と『昭和の女』シリーズの写真撮影をスタート。

2014年:音楽雑誌『Music Connection Magazine』12月号にて、「HOT 100 LIVE Unsigned Artists and Bands」にMANA HARDCORE名義で選ばれる。

2015年:1月7日、アジア・アフリカ人道支援 Charity Event成功に貢献したとし、ユース・フォー・フューマンライツ ジャパンより感謝状を贈呈された。8月30日には、Michael Jackson Birthday チャリティイベントにて、リベリアの子供たちの支援イベント成功に貢献したとし、再度感謝状を贈呈された。

2015年:シングル『Destroy』をMANA HARDCORE名義の1stアルバム『MANA HARDCORE EP』から先行シングルとして限定発売。同年、ポッドキャスト『God Faded Japan』に出演。

2016年:MANA HARDCORE名義で、1stアルバム『MANA HARDCORE EP』を限定発売(現在はバンドキャンプにて配信中)。アルバムリリースパーティーは、恵比寿 What the Dickens! にて開催された。その際は、Nikolas(Gt)、Brett(Ba)、Matt(Dr)を迎えバンド形式で出演。

アルバム『MANA HARDCORE EP』のカバーアートは、写真家Alex Mustățea(アレックス・ムスタツェア)が担当。同アルバムから、シングル『Wave』も限定発売。

同年、Guy Perryman(ガイ・ぺリマン)がパーソナリティーを務めるFMラジオ番組『InterFM-London Hit Radio』にて、MANA HARDCOREが特集される。ポッドキャスト『The Matty B Files』にも出演。​​WEBライターとしても本名で活動開始。

2019年:MANA HARDCORE名義で、ポッドキャスト『God Faded Japan』に再出演。その後は、2022年12月までの活動休止を発表。

2022年:12月1日に、MANA HARDCOREの公式ホームページが復活。同月から、YouTubeチャンネル「MANA HARDCORE マナ・ハードコア」にて、ポエトリーリーディングを開始。

2023年:2月12日にCrawfish Akasakaにて開催された「The Singer-Songwriter Collective: Vol. 5」にシークレットゲスト出演。Martin Leroux(マーティン・レル)のステージにてMartin Lerouxの楽曲「Crash」をデュエット。MANA HARDCOREにとって、3年数ヶ月ぶりのライブステージ復帰となった。

5月6日、浅草にある本屋 Infinity Books & Event Space にて開催されたIto Hideo主催「Asakusa Tiny Stage Concert」にMANA HARDCOREとして出演。MANA HARDCOREにとって、初のアカペラ&朗読といった構成でステージを披露。ラインナップは、過去にも共演歴多数のKOJIとBrian Smith。

6月17日、Ade Crawley主催のイベント「Acoustic night at pub republic - the swansong」にMANA HARDCOREとして出演。これまでに何度か「Acoustic night at pub republic」に出演しており、pub republicでの最後のミュージックイベントでもあった。アカペラ&朗読ということもあり、客席からはソフトコアとの声援も飛び交い大いに盛り上がりを見せた。

7月29日、Ade Crawley主催のイベント「The Usual Suspects and Mana Hardcore and Jake Braddock」にMANA HARDCOREとして出演。会場は、LIGHTHOUSE TOKYO-ライトハウス-国分寺。そして、共演者は主催者のAde CrawleyとマンダリンのプロYouTuberでもあるMike de Jong率いるThe Usual Suspects、2023年に日本プロレスデビューを飾ったばかりのJake Braddockと豪華ラインナップで愛あふれる夜となった。

12月4日、YouTubeチャンネル「SAVVY JAPAN TODAY」へのゲスト出演を機に毎週番組に出演が決定。日本の文化からMANA HARDCOREの日常生活まで幅広いトピックで繰り広げられていく番組となっている。

12月23日、MANA HARDCORE YouTubeチャンネルにて、2022年12月4日より12日に一回投稿していたポエトリーリーディングシリーズを当初アナウンスしていた予定通り完結。YouTubeチャンネルにあるプレイリスト「MANA HARDCORE -Poetry Reading-【朗読】」は現在も公開中。

12月24日、MANA HARDCORE「WAVE」のミュージックビデオが、YouTubeチャンネルにて公開。Micky Acornを監督に、Jackie ScottとvxnusをW主演に迎え制作。楽曲「WAVE」は、Chris Whatleyプロデュース、Chris Longwoodマスタリングのもとレコーディングされ2016年2月14日に発売されたセルフタイトルEPの1曲目に収録されている。

2024年:元旦、MANA HARDCORE公式インスタグラム開設。毎日ストーリーズ投稿。また、1月18日付けのReverbNation東京シンガーソングライターチャートにて3
週連続1位を獲得。

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